島原城(森岳城)
島原城は1618年(元和4年)から「松倉豊後守重政」が約7年の歳月をかけて築いた城。
現在は再建された天守閣が堂々たる観光名所になっているが、
天正12年(1585年)3月24日
島津・有馬連合軍(8000) 対 龍造寺軍(25000)
通称「沖田畷の戦い」(島原合戦)
※人数は諸説あり。今回は島原市HPの数を参考
島原城由来
この地は森岳といい、有馬晴信が本陣を構えて佐賀・龍造寺隆信軍を撃破したところです。この瑞祥の地に、五条(奈良県)から入封した松倉重政が島原城を築きました。
1618年(元和4年)着工、4~7年の歳月を経て完成。同時に島原城下町も整備したといいます。
破風をもたない層塔型総塗込の五層の天守閣を据える本丸。北へ二の丸と三の丸を配置して、要所を三層櫓で固め、外郭は4キロにわたり矢狭間をもつ練塀で取り囲みました。
4万石の大名には過分な城です。ここに有馬氏時代からの海外貿易の利益と、松倉氏の新興大名としての意気込みが見られます。
以来、松倉氏・高力氏・松平氏・戸田氏・再び松平氏と四氏十九代の居城として輝きました。その間、1637年(寛永14年)島原の乱では一揆軍の猛攻をしのぎ、1792年(寛政4年)島原大変時には打続く地震と足下を洗う大津波にも耐えてきました。
明治維新で廃城になり、払下げ・解体されましたが、島原市民の夢である御城復元への取組みが長年続きました。
1964年(昭和39年)天守閣が復元するなど、次第に昔の面影を取戻しつつあります。
※現地解説版より
天守からの眺め
堀・石垣
石垣好きにはたまらない石垣
堀も広くとても4万石の藩とは思えない城郭
【参考】
島原市HP
島原城HP
しまづくめHP
ムカシノコト、ホリコムヨ。
参考にさせて頂きました。
この場にて御礼申し上げます。
場所
営業時間:9:00~17:30(入館は17:00まで)
連絡先:0957-62-4766
入館料:大人700円 小中高350円
駐車場:一般500円 小型バス750円 大型バス1500円 バイク200円
日本100名城スタンプ有
詳しくは公式ホームページへ