森殿原の宝塔

歴史関連スポット
この記事は約1分で読めます。

概要

薩摩六郎忠直 夫妻の墓塔
平安時代末期の応保二年(1162年)から寿永二年(1183年)の間、伊作平氏の流れを汲む、六郎忠直が薩摩郡に入り、在地領主となって「薩摩氏」を名乗りました。
向かって右二つの宝塔は鎌倉期のものと思われ、薩摩六郎忠直夫妻の墓塔と推定されています。
二つの宝塔とも塔身の四方に梵字が彫られており、かなり身分の高い人のものとされ、当時この地方で勢力を伸ばした薩摩氏の本拠がこの辺り一帯であった事が伺えます。
以前は森稲妻神社にありましたが、他の宝塔の残欠とともにこの地に置かれました。
※現地説明板より

小さい墓塔の残欠も確認できる
一族のものだろうか?

タイトルとURLをコピーしました