妹背城略歴
妹背城・内城(右手)と西之城(左手)の間を通る県道341号線から見た妹背城

【築城】鎌倉期(説)
【築城主】伴姓武光氏(説)
【城名】妹背城(芋瀬城・高城)
【主たる城主】
武光氏・渋谷氏流高城氏(たき)・東郷氏流高城氏(たかじょう)・島津氏
※高城氏の読み方は諸説あるそうだがはっきりとはわかっていない。
【高城郷由来記】
・「この城天険により壁塁部曲わかれて三廟をなす。その一を高城といい、高さ三十間ばかり、その二を小城といい、高さ二十間ばかり、その三を西の城といい、高さ十間ばかり」と記されているが、頂上部が高城にあたること以外は、現状下部は砂取りのため変容しているので、小城・西の城は認定しにくい状態にある。
規模:200m×500m、標高:45.6m
との記載有。
※薩摩川内郷士研究会「千台」より
渋谷氏流高城氏
祖は桓武平氏の内坂東八平氏の一である「秩父氏」を祖とし、相模国渋谷荘を領した渋谷氏である。
渋谷光重六男「落合重貞」が薩摩国高城郡を与えられることに始まる。
初代領主 高城 重貞(落合六郎)
「渋谷光重」六男「落合重貞」
承久三年 承久の乱にて討死(宇治川にて)しているが系図としては高城重貞を祖とする
二代領主 高城 重秀
六郎太郎
高城郡大川に館を築き住
弟「高城重公」知覧流祖
三代領主 高城 重郷
平三 河内権守 従五位下
弘安九年(1286)鎮西談議諸奉行四人の一に任ぜられる
後「鎮西引付衆」
四代領主 高城 重藤(重勝)
太郎
建武三年(1336)多々良浜合戦の恩賞により「足利尊氏」より肥前国内に地頭職を給う
「鎮西引付衆」
五代領主 高城 重雄
重藤弟「高城重棟」長男養子
小三郎 小六郎 小太郎 下総権守 備前守 従五位下
高(妹背・芋瀬)城・水引城(屛風城とも)を本拠とした
「鎮西引付衆評定」
六代領主 高城 義重
六郎太郎
七代領主 高城 重豊
一族「高城彦六重躬」の子 義重に養われてこの後を継ぐ
彦太郎 越後守
八代領主 高城 重令
小太郎 越後守
九代領主 高城 重継
小太郎 下総守
十代領主 高城 重珍
三河守 「高城重継」実弟 也
応永二十九年(1422)島津立久に高城(妹背城)を攻められ討たれた
※島津立久の生誕は永享四年(1432)なので辻褄合わず。父の島津忠国か。
十一代領主 高城 重頼
彦太郎 越後守 越中守
二子有
長「高城周防介重政」 第十二代
庶子「高城下総守重兼」 高城秋月(秋月等観)
応永二十九年(1422)の際に高城(妹背城)を退き、水引城を本拠とした
文明十七年(1485)薩州島津家「島津国久」に水引城を攻略され祁答院氏を頼り落ちのび、領主としての高城氏は没落した
祁答院氏家老
十二代当主 高城 重政
周防守
十三代当主 高城 重前
長門守
十四代当主 高城 重鐘
周防介
十五代当主 高城 重説
鹿児島城下に移る
左京亮 薩摩郡長野(永野)地頭
征韓役起り初め御船奉行行たり次に兵具奉行と為る
十六代当主 高城 重貞
主馬允 兄「高城重説」子なし故に其の後を継ぐ
既にして大阪冬役及び夏役起る兵具奉行を以て出陣す
十七代当主 高城 重善
喜左衛門
十八代当主 高城 重相
六郎兵衛
十九代当主 高城 重治
主馬
世は元和偃武の後を承けて天下治平に帰す
重治の子孫連綿たり
以下略
東郷氏流高城氏の記事はこちら【東郷氏流高城氏石塔群(信興寺跡・高城郷士菩提寺跡)】
高城氏家紋

鹿児島県内で散見される高城家家紋は「丸に蔦紋」を多く見る
この家紋は桓武平氏の流れを汲む家が多く用いている。
妹背城登城

県道341号線沿い高来小学校前アパート前にある案内板に従う

野面積みの玉石垣が綺麗な馬場に出たら左手の山手へ進む
※写真では撮影範囲とは逆方向なので注意

薩摩の麓などにみられる折れ
大軍がスムーズに入ってこれない様にする為
写真奥へ真っすぐ進むと案内が見えてくる

案内に従って先の道を右手へ
突き当りには地頭館址の碑・瓊瓊杵尊宮居地址の碑がある

民家の前を通り小さな山道に入っていくと更に案内板


土塁なのかただ道が削れただけなのか…

しばらく進むとY字路が現れるが左手は進めそうにない

右手は平坦で歩きやすい道が続く
途中矢印で案内がありわかりやすい

竹で作られた簡易的な階段だが、こういったみちでは結構有難い
ラミネートされた案内ではもう少しらしい

途中崩れた場所がある
写真に少しだけ写っているブロックは防空壕跡を埋めた物と思われる
鹿児島はシラス台地の割合が多く崩れやすい為、山城は原型を留めることが難しい

右手が内城と呼ばれる本丸跡左手も内城の一部と思われる

こちらが攻め手でも、左右の上から攻められると恐怖心がすごい…


本丸跡に旧字体の妹背城址碑がある
私よりも前に訪れた人達の写真をみると、最近になって地元の人たちが再整備してくれたことがわかる
非常にありがたい

本丸跡
これを綺麗に維持するだけでも結構大変だろう
管理人の先祖も高城地区にゆかりがあったりするので
高城麓の方々のお話しも聞いてみたいものだ
参考資料
「高城郷由来記」
「鹿児島県薩摩郡高城村沿革史 正編」
「新薩摩学 中世薩摩の雄 渋谷氏」
場所
Googlemapでの入り口周辺を表示する
この辺に行けば案内板を見つけることができるだろう
駐車場:高城神社駐車場
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